2017年1月19日木曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その258

無断使用をします。

軟骨精神さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がなんとなくつけています)世の荒波にコリコリと立ち向かう心持ちのことですね。


Q: 2ndアルバムを確か高校生時代に確かヴィレヴァン本店で聞いて以来、あれは誰だったんだろうなぁと思いながら行動に起こさずそこそこの年月が経って、今年の夏にようやく小林大吾さんであることを突き止めました。YouTubeって偉大。小林大吾さんは曲名も作者も分からないけど好きな曲ってありますか?


うれしいご報告です。辿り着いてくれてありがとう!のみならず年賀状キャンペーンのおかげでこうして双方向にやりとりができるんだから、いい時代になったものですね。僕の脳内では今、「火を絶やさずにおいてよかった」「10年前の2ndアルバムから何も変わってない」の両者が熾烈な争いを繰り広げていますが、放っておいてもそのうち「やるじゃねえか」「へへ、おまえもな」的な友情に発展するとおもうので、このまま好きにさせておきましょう。

とまあこんな具合でしみじみ感慨に耽りつつ、質問にお答えしようとキーを叩きかけてふとあることに気づいたのです。

どうやって突き止めたんだろう……?

音楽にかぎらず、検索にはキーワードが必要です。しかしタイトルも作者もわからないとなるととっかかりが何もありません。テレビで使われていればその番組なりCMから辿ることもできます。町中で耳にしたなら今はShazamなり何なりアプリで音声検索もできましょう。しかし日常生活においてKBDGの作品をたまたま耳にする機会など、放送事故レベルのアクシデントでも起きないかぎりまず皆無です。メロディをおぼえていればそれを糸口にすることもできるかもしれませんが、そもそもKBDGにはそのメロディすらありません。

あるいは「なんかラップみたいな、ごにょごにょ喋ってる感じのやつ」と言ったら選択肢はそう多くなさそうに見えますが、豈図らんや今この時代にはなんかラップみたいな、ごにょごにょ喋ってる感じのやつがそれこそ掃いて捨てるほどあります。どちらかといえば僕もたぶん、掃いて捨てられるほうです。

個人的な経験で言えば、曲名もアーティストもわからないけどとにかく歌詞が幼いというか乳くさいというか(拙い、とはちがいます)、そのしょうもない、思い出すだけで血管が切れる、シュレッダーで切り刻むくらいでは飽き足らず、燃やして灰にしてフッと吹き飛ばしてもまだぬるい、保育園あたりから出直してこい的な歌詞の一部を検索して突き止めたことはあります。そんなことするから余計に血管が切れるんだけど、要は歌詞の一部でも手がかりになるということです。しかしKBDGの異常な言葉数からして、おそらくそれも望めますまい。左とん平のヘイ・ユウ・ブルースみたいに「人生はすりこぎなんだよ!」とかそういう一度聴いたら二度と忘れられない最高のパンチラインをひとつでも残しておけたらよかったですね。



本題に戻りましょう。僕は昔から気になった曲があると即アルバムを探しにいく堪え性のない男だったので、知らずになんとなくそのままにしておいたことはほとんどありません。いきなりアルバムを買ってしまうと全体的にはそれほど好みでもないケースも往々にしてあるし、小遣いの範囲だからハズレたときのショックといったらないんだけど、そうやってすこしずつ、じぶんのなかにある音楽の裾野を広げていったようなところがあります。いやでも血肉になっていくというかね。

ただ1曲だけ、たしか中目黒の古着屋だったとおもいますが、店内に流れていたコーラスグループ系のキュンとしたモダンソウルが誰の何という曲だったのか、とにかくむちゃくちゃすてきな曲だったという印象だけが心の奥底でカビみたいに残されています。先にも延々と書き連ねましたが、この先どうにも調べようがないのです。そのときははっきりと、サビでタイトルっぽいフレーズを連呼していたので「ぜったいこれタイトルだ、あとで調べよう」と目論んでいたのに、気づいたらそのフレーズ自体を忘れてしまってまったく、手のつけようがありません。あれから何年もたっているし、ひょっとしてすでにそのレコードを持っているんじゃないかという気もします。それすら確かめようがないのです。

したがって、お答えとしてはひどく素っ気ないようですが、どうしてもこうなってしまいます。


A. あります。


しかしホントに、どうやって辿り着いたんでしょうね?




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

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その259につづく!

2017年1月13日金曜日

エクスクルーシブかつラグジュアリーで洗練を極めた表現のこと


ご存じないのも無理はありませんが、僕は詩人です。詩人なので、世界のあちこちで無造作に転がる言葉の数々を心のホウキとちりとりで日々せっせと掃き集めています。詩人は言葉の移り変わりにも敏感でないといけません。ら抜き言葉とかカタカナ語の氾濫とか、かくあれかし的な美しい日本語とかそういうアカデミックなことはもっとえらい人に丸投げするとして、僕がいま好んで採集しているのはたとえばマンションの広告です。


こういうやつですね。電車の中吊りとか、新聞の折り込みでときどき見かける広告ですが、とにかく単なる住まいではないこと、今までになく新しいこと、エクスクルーシブかつラグジュアリーで都会にふさわしく洗練を極めていること、したがって人生を委ねる高い価値がここにはある、といった点を過剰なまでに強調しているせいか、他所ではあまりお目にかからない単語やフレーズの実験場みたいなことになっているのです。

今までになくこれが最初であることを、今までにない言葉で表現した結果、生まれたのがたとえばこれです。




「発表」だけでも初めての新しい知らせを意味しているはずなので、これはおそらくそれよりもっと初めてでそんじょそこらの新しさではないことを指しているとおもわれます。たしかに新しいと唸るほかありません。

住まいがあくまでも実用的なものである以上、利便性が備わっているのは大前提です。したがって新しい住まいをアピールする上ではさらにプラスα、付加価値が重要なポイントになります。しかし付加価値と言っても閑静であるとか、緑豊かであるとか、景色がいいとかでは他の多くの物件に埋もれてしまいかねません。たとえ同じことであってもせめて感性に訴えるような表現で、他と差別化を図りたい。肉を売るにしても、「焼くとおいしい」と言われるよりは「肉汁したたる」と言われたほうが食欲をそそります。まったくもって無理のない、こうした表現メソッドを住環境にも適用した結果がこれです。

傑作ではないらしい




















言いたいことはなんとなくわかるけれども冷静に考えたら何を言っているのかちょっとよくわからないとおもわれるかもしれませんが、大事なのは贅沢な雰囲気であって意味のあるなしは問題ではありません。なんとなくいいかんじであるからこそ受け入れられ、支持され、定着しつつあるのだし、むしろこうした若干アウトローな表現をまるっと許容する日本語の懐の広さにこそ、敬意を表するべきです。何よりここには想像の余地がたっぷりとあります。然るべき風景が誰にとって然るべきかといったらそれはもちろん住む人であって、実際のところそれがどんな風景であるかなど提供する側の知ったことではありません。羨望を纏うと言われたらそれはつまり「みんなうらやましがるよ」ということであり、多少噛み合わせがわるくともそれが大人びたムードで伝わりさえすればいいのです。潤いの最前席なんて、聞くだけでマイナスイオンを浴びているような気になるじゃないですか?

またこうしたメソッドは、ごくごく当たり前のことを唯一無二の特別な印象に甦らせてくれたりもします。たとえばこれです。



なかでも僕がとくに気に入っているのがこれです。


それは……ふつうのことではないのか……?

と言いたくなるきもちはよくわかります。一見すると建築に携わる人がするべき仕事をしただけのような気がするのはたしかです。しかしそうではありません。どこがどうそうでないのかは説明できませんが、とにかくそうでないことだけははっきりしています。そして最終的には、そうでないことだけが伝わればそれでよいのです。

正しいとか間違ってるというより、全体的に眼鏡の度が合わなくてクラクラと酔う感じに似てるんだけど、何なんだろうこれ……

2017年1月10日火曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その257


もつれても好きな糸さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がなんとなくつけています)


Q: 外見と内面の差でがっかりされることが多いです。もう少しおしとやかだと思ってた、もっと喋らないタイプかと思ってたなど、比較的地味で薄い顔立ちのせいか、先入観でがっかりされてしまいます。恋愛においてもですが、仕事などの場面でも強く言えば引くだろうとたかをくくられることが多いです。どうすれば見た目と中身の差でがっかりされたり、軽く見られることを減らせるでしょうか?もしくは、それをプラスに転じさせることができるでしょうか?


身につまされる質問です。そのお気持ちは僕もじつによくわかります。あんまりよくわかりすぎて、「ダイゴさんもそうですよね!?」と暗に同意を求められているような気がしてしまうくらいです。僕の場合は音源の印象がつよいせいか、「おもってたイメージとちがいました」みたいなことをよく言われます。それはもうしょっちゅうです。すくなくとも「イメージどおりでした!」と言われることはまずありません。たまには「おもってたよりずっとステキでした!」とちやほやされても罰は当たらないとおもうんだけど、そういえばそれもありません。なぜでしょうね?

とかく人は先入観を持って日々を行く生き物です。そしてそれは100%、持つ側の問題であって、持たれる側の問題ではありません。「もっと喋らないタイプかと思ってた」と言われても(これは僕もよく言われる)、知るかよとおもいます。なんでこっちがあんたの勝手なイメージに付き合わなくちゃいけないんだ?ということですね。

ひょっとすると、見た目とのギャップで損をしていると感じておられるのかもしれません。が、それはちがいます。強く言えば引くと高を括る人は、どこへ行っても強く言えば引くと高を括っているはずです。

同じように、見た目とのギャップでがっかりしたり、軽く見たりする人は見た目にかぎらずありとあらゆる機会をみつけてがっかりします。仮にこちらがイメージとのギャップを埋めてみても、またべつのタイミングで抜け目なくがっかりしてくるのです。問題は「軽く見られるじぶん」にあるのではなく、「軽く見る彼ら」にある、という点に注意しましょう。恋愛においてもとありますが、どうあれ先入観から相手を軽んじるような人であることがはっきりするなら、むしろギャップの大きい今のほうがよほど有益だと僕はおもいます。

それはまた、そのギャップをひっくるめて受け入れてくれる人ならまちがいない、ということでもあります。これがプラスでなくて何でしょう。落差を減らせば、却って軽んじる人かそうでないかの判断が難しくなるにちがいありません。それでもなお、落差を軽減するだけの甲斐はあるだろうか?

個人的なことを言えば、僕はギャップを好む男です。それも落差が大きければ大きいほど胸を射抜かれます。そこには大きな滝にも似た美しさがあると申し上げてもよいでしょう。ギアナ高地にあって世界一の高さを誇るエンジェルフォール(Angel Fall)という滝は、落差が大きすぎて水が地上まで届かず途中で霧になるそうですが、たとえるならそんな美しさです。いちいち軽んじてくるような奴らなど、そのてっぺんから「霧になれ」と尻を蹴飛ばしてやればよろしい。



とまあそんなようなことを一言でざっくりまとめると、「ほっとけ」になります。英語で言うと "Fuck 'em" です。それはじぶんの問題ではない、ということをどうかお忘れなく。


A: Fuck 'em.




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

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その258につづく!

2017年1月7日土曜日

何もないことをさもあるかのように語る手品かもしくは詐欺みたいな話


年末年始を溺愛する僕にとって、大晦日と元旦はそれ自体が神様であり、また一年待ちこがれた刹那の恋人でもあります。できれば新年を迎えるその晩は、右腕に大晦日、左腕に元旦を抱きながらピロートークなかんじで一晩中イチャついていたいのです。ときどき目が合って互いに微笑みながら「こいつぅ」とか言っておでこをコツンとやりたいし、くすぐったりくすぐられたりしてキャッキャとたわむれたい。念を押しておきますが、大晦日と元旦を恋人に見立てての話です。

ところがここ数年、たしか2010年あたりが境だったとおもいますが、まったくその余裕がありません。元旦どころか三が日、なんなら松の内までの正月というか蜜月が、射抜かれた矢のごとく飛び去っていきます。昔はひとりでコタツに潜りながらテレビにかぶりつき、ゆく年くる年まで静止画のように身じろぎひとつせず新年を迎えて、腹が鳴ったらモチのひとつでも焼き、気が向けば静まり返った往来でシャボン玉を吹いたりしていたのに、いったいどこで何がどうしてしまったというのだろう?今ではひと息つくのはちょうど今ごろ、それこそ松の内が明けるころです。

失われた青春は、そもそも青春なんかありゃしなかったので、もうないと言われても痛くも痒くもないけれど、失われた年末年始には今も未練を断ち切れずにいます。率直に言って、あれ、ひょっとしてこれもう人生の折り返し地点過ぎてんじゃねえの、と気づいてハッとするようなお年頃の大人がのたまうことではありません。でも言いたい。何もかもが無に等しかったあのころの大晦日と元旦が恋しい。

大晦日に早稲田で見かけたオナガ

というような話をそういえば毎年しているような気もしますが、あけましておめでとうございます。世間一般的にはここらで今年の抱負とか、控えている今後の予定とかで景気よく年頭のエントリを飾ったりするんでしょうが、ここにそんなものはありません。しいて言えば向こう一年、カレンダーが「未定」の2文字でみっちり埋められて、どこにもオフの日が見当たらないくらいです。

そういえばどうにかこうにか乗り越えた恒例の年賀状キャンペーンはありがたいことに前の年の倍近い、そして過去10年で最も多い(!)応募がありました。1年前のブログを読み返すと「トラックで次から次へとどしどし運ばれてきて、これ以上はもう部屋に入らないよ!と悲鳴を上げるくらい多数(当社比)のご応募」とあったので、その倍となるとこれはもう相当な数になります。ここだけの話、キャンペーンも10年目なので当選枚数をこっそり倍くらいに増やしていたのだけれど、結果として倍率がいつもと同じなのだからご応募くださったみなさまには面目次第もありません。どうかこれにこりず、またお付き合いくださいますように……!

というかろくに活動もしていないのになぜここにきて最多数なのか、出ないはずのアルバムが出た年より多いじゃねえか、と頭に湧き出る大量のクエスチョンマークを足で脇によけつつ、本年もまたやってんだかやってないんだかなかんじでゆるっとお付き合いいただければ幸いです。

ここまで書き散らかして思い出しましたが、1月15日(日)銀座煉瓦画廊にて、言葉を生業とする人とそうでない人がそれぞれ言葉を持ち寄ってシンプルに詠み上げる「BOOKWORM」というリーディングイベントがあります。主宰である山崎円城さんとはたしか10年以上前にフリーペーパーで対談させてもらったのが最初……だった……ような気がする……んだけれど、その後も折々にご挨拶しつつ、イベントでご一緒するのはこれが初めてです。僕もひとつふたつ、アカペラで詠みます。入場はフリーだそうなので、どいつもこいつも至近距離にいる大事な人の首根っこ引っつかんで銀座に押し寄せるといいよ!


その後の予定は未定が隙間なく目いっぱいつめこまれて大忙しです。


2016年12月30日金曜日

どこからも遠く離れて浮かぶ小さな島から


毎日必ず決まったテンポで止まることなくぱたぱたと、倒れてきた日々のドミノも今年は残すところあと2つです。


年賀状キャンペーンと余力をすべてつぎこんだ不毛な安田タイル工業の新潟出張でなんとなくまぎれてしまいましたが、さる(サルではない)25日は2016年最後のオントローロでした。来てくれたみんなホントにありがとう!いつもは2つ3つ、なんなら7つも8つも出ることがある空席がひとつも出なかったたいへん希有な回だったことも、ついでに付け加えておきましょう。

どういうわけだか常に2回ずつの開催がふつうになってしまったオントローロですが、通常はどちらも内容を一切変えずに100%同じです。しかし今回の11と12に限ってはとある事情から例外的に(例外です、もちろん)、演目がひとつだけちがいました。

11における最大のボムは、11月にセッションをさせてもらったMother Terecoのトラックによる「手漕ぎボート2016」です。これについては本当に、書きたいことが多すぎて言葉になりません。ちょっと振り返るだけでもいろいろな思いが波のように押し寄せてきます。Mother Terecoの片割れである佐藤さんがかつて学生時代にラジオで「手漕ぎボート」を耳にしてくれたこと、以来今にいたるまでずっと聴いてくれていたこと、そして9年たった今、きっかけとなった一編をセッションでやりたいと言ってくれたこと、そうして装いも新たに生まれ変わった「手漕ぎボート2016 feat. Mother Terecoのとにかく身震いするほどすばらしいこと、どれくらいすばらしいって、他ならぬ僕が声を乗せながら感極まってギャン泣きしてしまうくらいです。佐藤さん、難波さん、ありがとう……!

とにかくこれを披露したオントローロ11ではあまりの破壊力に失神者続出、端からばたんばたんとみんな倒れて死屍累々のありさまになってしまったため保安上の理由から12での披露を泣く泣く見送った、わけでは全然ないですが、いずれにしてもこれこそ多くの人に聴いてもらいたい仕上がりなので、これを目当てにぜひまたオントローロに足を運んでもらえればとおもいます。

12ではそんな聴き逃し厳禁のファンタスティックな一編がまさかの安田タイル工業のCMに置き換わっています。というのも急遽この日、安田タイル工業がオントローロのスポンサーになってしまったからです。スポンサーがついたからにはCMを流さねばなりません。まずCMをやり、「安田タイル工業のテーマ(昼の部)」が流れたとおもったら何食わぬ顔で専務登場、そのまま「貝楼」までやって、結局ひと言も喋らないまま専務そそくさと退場、CMが明けたあとは安田タイル工業に一切ふれることなく、何ごともなかったかのようにオントローロは再開されました。


どう考えても禁じ手なのでこの形ではおそらく二度とないとおもいますが、言ってみれば事故みたいなものなのであまり深く考えないでください。次回からはもちろん通常どおり、100%同じ内容に戻ります。ただ、専務とふたりで「そんなにわるくなかったですね」と自賛し合ったので、安田タイル工業単独での営業は以前よりも可能性が若干高まったようです。若干というのは文字どおり、気の毒なほど若干ですけど。


そんなこんなでオントローロもぶじ、2年目を終えることができました。それもこれもひとえに支えてくださるみなさまと、途中で投げ出さなかった他ならぬ僕自身のおかげです。どうもありがとう。いえいえそんな、何をおっしゃいますやら。

とかく涙腺がゆるみがちなお年頃なので、くどくど申すのはやめにしましょう。いったいどこからどう来てオントローロまで辿り着くのかふしぎでしかたないのですが、今年も多くの方に初めましてのご挨拶ができて感無量です。遠方から駆けつけてくれたり、入籍報告をもらったり(しかも複数)、TRINCHグッズを身につけてくれたり、大量の野菜をもらったりしました。そうして受け取ったこの抱えきれないよろこびと同じくらいのよろこびを、僕はちゃんと返せているだろうか?安田タイル工業なんかにかまけている場合ではないのではないか?

活動らしい活動をしているとはとても言えないのに、いつも聴いてくれてありがとう。まだお目にかからないみんなのきもちも、この広い空を越えてちゃんとここに届いています。初めから今に至るまでずっとこんな調子なのでこの先もたぶん一向に変わらずこんなかんじだとおもいますが、これまでと同じように保温だけはするように相務めますので、2017年もひとつよろしくおねがいします。

ありがとうありがとう!せっかくなのでなんだかじぶんがちょっとだけモテたような錯覚を抱いたまま、2016年はこれにてお開きです。どうかよいお年を!


2016年12月27日火曜日

鈍行で行く安田タイル工業の日帰り出張


「主任」
「どうしました専務」
「われわれはとても眠たい」
「無理もありません」
「クリスマスは過ぎた」
「過ぎました」
「クリスマスと言えば慰安旅行だ」
「仰るとおりです」
「なのにどこかのバカのせいでフイになった」
「許しがたいことです」
「…………」
「どうかしましたか」
「誰のせいだとおもってるんだ?」
「誰かのせいなんですか?」


「まあいい。おまけに今日も仕事だ」
「昨日のが今年の初仕事みたいなもんだった気もしますけど」
「なんなんだ今年は!働いてばかりだぞ!」
「専務、専務」
「なんだ」
「どこで乗り換えるんでしたっけ?」
「さいたま新都心だ」
いま大宮ですよ


世界に向けて遠吠えを!

あるかなきかの零細企業、もしくは世界のミスリーディングカンパニー、あの安田タイル工業のクリスマスが1年ぶりに帰ってきた!

【おわび】毎年「タイル観が変わりました」と多方面から好評をいただいているクリスマス慰安旅行ですが、諸事情によりクリスマスがすぎてしまったため、今年は予定を変更して安田タイル工業の格別おもしろくもない出張の様子をお送りいたします。ご了承ください。

※これまでの旅行については以下をご参照ください。
2010年
2011年
2013年
2014年
2015年

「スーツは着てきたんだろうな?」
ちゃんとよれよれのを着てきました
「アンビバレントなことを言うな」
「仕事なのにスーツを着てきたかって聞くのもおかしくないですか」


すっかりおなじみとなった高崎駅に到着する安田タイル工業の面々。来るたびにここで熱々のそばを手繰っていきたいとおもいながら時間がなくていつも入れない立ち食いそば屋を尻目に、また北へと向かいます。以前の慰安旅行と同じようなルートを辿っているのは、まさしくかつて慰安旅行で通過した土地へ向かう業務上の必要があるからです。


「専務」
「なんだ」
「これ出張ですよね?」
「そうだ、仕事だぞ」
「出張って鈍行で行くもんですか?」
「イヤなら自腹を切れ」
「こう言っちゃ何ですけど、基本ぜんぶ自腹ですよ」







駅前の廃墟ビルが今もきりりとそびえる水上駅で乗り換えて、さらに北へ。


席が空いているのをいいことに、あつかましくも新聞を広げ出す主任。しかし読んでいるのは忙しくて読めずにいた先週の新聞です。







およそ6時間かけて宮内駅に到着。諸事情によりふたりともほとんど寝ていないため、大半を泥のように眠って過ごしています。

「おい、起きろ」
「はッ」
「着いたぞ」
「ここはどこですか」
「宮内駅だ」
「宮内……あっ」
「おもいだしたか」
「青海川駅で死にかけたときの!」
「死にかけたな」
「猛吹雪で体の前面に雪が積もりました」
「あのとき通った駅だ。みろ」
「あっ」








写真を加工しているわけではありません。ゲリラ的なパフォーマンスでもありません。JRに依頼の上、正式に掲出された安田タイル工業のポスターです。いま現在、宮内駅の連絡通路に貼られています。掲出期間は12月26日から1月15日までの3週間です。


QRコードをチェックする専務

「よし、いくぞ」
「あれ?ここだけじゃないんですか?」
「本命の駅は別にある」
「本命?」
「安田タイル工業にとって大きな意味をもつ駅だ」

そう言って専務は颯爽と、上越線から信越本線に乗り換えます。目指すは安田タイル工業にとって忘れることのできない、心のふるさととも言うべきあの駅です。






「安田駅!」
「数年ぶりだ」
「ここに貼ってあるんですか?」
「じつは一度断られたんだ」
「そうなんですか?」
「貼る場所がないと言われた」
「でも貼ってあるんでしょ?」
「あとでもう一度連絡がきた」
「なんて?」
貼れそうです、と」
「JRの人も知らなかったんですね……」
「おい、待合室だ。みろ」







「独り占めじゃないですか……」
「もう思い残すことはないな」

もう一度念を押しておきますが、写真を加工しているわけではありません。ゲリラ的なパフォーマンスでもありません。JRに依頼の上、正式に掲出された安田タイル工業のポスターです。いま現在、安田駅の待合室内に貼られています。掲出期間はこちらも12月26日から1月15日までの3週間です。


「わざわざ出張してきた甲斐があった」
「鈍行ですけどね」
「飯でも食って帰るか」
「じつはおなかぺこぺこでした!」
「期待していいぞ」
「いいお店があるんですか?」
「あるとも。というか駅前に1軒しかない



「ちょっと……ちょっと待ってください」
「なんだ」
「ここですか?」
「ここだ」
「ここでいいんですか?」
いいも何もここしかないんだ


そう言ってためらうことなく暖簾をくぐる専務。専務の男らしさはいつもそこじゃなくていいという正確無比なタイミングで浪費されることになっているのです。そこはかとなく漂う不安を払いのけ、主任も腹をくくります。


「乾杯しよう。ビールください」
「いいんですか?」
「いいんだ。仕事は終わった」
「ポスター見ただけですけど」
「確認が大事なんだ。手違いで貼られてなかったりしたら困るから、ちゃんと予備も持ってきたんだぞ」
「ああ、その白い筒、ポスターだったんですね」
「すいません餃子とカニ玉定食を」
「じゃ僕はうま煮定食をおねがいします」



ともあれ出張も一段落、空腹だったこともあって運ばれてきた定食にさっそく箸をのばす安田タイル工業の面々。と、一口食べた主任がふるえながら箸をぽろりと落とします。

「せ、専務……」
「なんだ、とっとと食え」
「これ……」
「なんだうっとうしい」
む、むちゃくちゃ美味いです……
「なんだと!」

振り返ってみればある種の奇跡がここで起きたと申しても過言ではありません。遠目では肉野菜炒めにしか見えないし、近くで見ても肉野菜炒めに見えるのですが、これがまじでむちゃくちゃ美味いのです。ふだんはそんなことを言わない専務が取り分けたぶんを食べたあとで「もうすこしくれ」と言ったくらいだから、これはもう誰が食っても美味いと唸るに決まっています。びっくりした……本当にびっくりした……まさか安田タイル工業史上最高のひと皿を、安田で味わうことになるなんて!

【結論】安田駅で降りる機会があるときは必ず駅前の「美楽」でうま煮定食を注文すること。

おもいもよらない至福のひとときをすごしてお店の人に厚くお礼を申し上げ、奇跡の定食屋「美楽」をあとにする安田タイル工業の面々。アドレナリンがほとばしる過剰な幸福感で顔もほのかに赤らんでいます。

「電車の時間まであと20分くらいあるな」
「ちょっとぶらぶらしますか」
「うむ」
「あ、あそこにコンビニがありますよ」
「おもいだした。火災保険の払い込みをするんだった
「え、ここで?」
「忘れてたんだ」

冗談かとおもいきや、本当に保険の払い込みをするつもりらしい専務。家の近所でやればいいようなことをなぜわざわざ新潟でやらなくてはいけないのか理解に苦しみますが、そういえば去年も東京で出しときゃいいはずの手紙を新潟で投函していたことが思い出されます。




そうこうしているうちにいつもの華麗なぼんやりぶりでみごと電車に乗り遅れる安田タイル工業の面々。駅の前まできて発車を合図する車掌さんの笛が鳴り響きます。


「まあいい。次の電車でも帰れるんだから」
「次って何時ですか」
「1時間後だ」
「となりの駅まで歩きます?」
「歩くって……6キロ以上あるんだぞ」

侃々諤々と激論を交わしたのち、となりの駅に向かって歩き出します。「まあなんとかなるだろう」というのが歩くことを決めた理由です。





傍目にはそう見えないかもしれませんが、かなり必死にとなりの駅を目指しています。この空の明るさを覚えておいてください。

「もうかなり歩いたんじゃないですか」
「まだ3.5キロだ」
「あっ」




宮内駅で乗るはずだった次の電車を呆然と見送る安田タイル工業の面々。しかしふたたび電車に乗り損ねたからと言って、歩みを止めるわけには行きません。そうしている間にも日はどんどんと暮れていくのです。









どうにかこうにか辿り着いたときには完全に夜です。もうだいぶいい大人なのだから、なんとかならないこともあると身にしみてわかっているはずなのに、なぜなんとかなると考えてしまったのか、ひとしきり首をひねる安田タイル工業の面々。

さらに駅舎に貼られた時刻表をみて、専務が青ざめます。

「まずいぞ」
「まさかもう電車がない?」
「いや、ある。あるにはある」
「なんだ、よかった」
「あるにはあるが、行くのは水上の手前の駅までなんだ」
「水上まで行かない?」
「ところが『水上行きの日もあります』と書いてある」
「そんなアバウトな!」
「いずれにしても水上まで辿り着けないのはまずい」
「帰れなくなりますよね……」
「ちょっと待て、JRに電話して聞こう」

果たしてこの日の18時07分発の電車が水上まで行くのかどうか、緊張の面持ちで専務が電話をかけ始めます。

「水上まで行くそうだ」
「セーフ!!」

すっかり安心して朗らかな笑顔で談笑を始める安田タイル工業の面々。時間も次の電車まであと50分とくさるほどあるので自然と話もはずみます。

「専務、向こうに公園がありますよ」
「よし、行ってみよう」
「ブランコがあります。いや、ないです。ブランコがありません」
「支柱だけだな」
「すべり台があります。いや、ないです。すべり台もありません」
「階段だけだな」



肝心のアイデンティティ部分を取り払われた遊具の名残に囲まれて、なんとなく身につまされながら童心に返ってキャッキャとたわむれる安田タイル工業の面々。

エアブランコに興じる主任

さすがに第六感が働いたのか、電車の到着1分前にあわてて駆け出し、どうにかこうにか終電にすべりこみます。終わりよければすべてよし。ここからまた6時間かけて帰るとはいえ、あとは寝る以外にすることもありません。やたらと長いわりに終始うつろな一日はこうして終わりを告げたのです。




専務からのクリスマスプレゼント


というわけで、昨日から来年1月の15日まで、宮内駅の連絡通路安田駅の待合室に安田タイル工業のポスターが掲出されています。お近くにお越しの際はご笑覧の上、QRコードがどこにリンクされているのかぜひその目でお確かめくださいませ。