2007年12月18日火曜日

レコードと小麦粉


おもいだしたようにレコードの話。

Spanky Wilson / Let It Be

ジャケット不良だ。マスキングテープで補修した跡まである。

しかし僕にとっては、「ジャケット不良」ほど甘美な響きをもつ言葉もそうありません。それでなくともある程度の時間を経たものを好んで手にする経年フェチなので、レコードはリングウェア(ジャケットに丸くのこるレコードの跡)があるくらいでちょうどよいのです。それは何十年にもわたって人の手を渡ってきたたしかな証でもあるし、だからたとえばレーベル面に落書きがあったりすると却ってふくふくとしたきもちになります。たいていは持ち主の名前(たぶん)が書いてあったり、好きな曲(たぶん)に丸がつけてあったりするんだけれど、そういうところにこそ、誰も知らない物語の残り香は漂うのだし、単なる音楽以上の深い味わいを噛みしめるよろこびもあるのです。ボロボロであるほどイイというわけでは全然ない。でも手垢はついてたほうがずっとうれしい。ニアミントとか未開封のレコードはそう考えると音質は最高でも無味無臭に近い。純粋に音楽をたのしむだけならそれがいいとおもうけれど、長い長い年月と旅路の果てに実るせっかくの出会いなのに、それだけじゃさみしい。

ケーキや蒸しパン、今川焼といった粉モノを愛する無法者集団、ザ・フラワーズ(the Flours)の一員として言い添えるなら、リイシューやぴかぴかのレコードは精白された通常の小麦粉(薄力粉)であり、ややくたびれた中古のレコードは全粒粉(whole wheat flour)、ということになります。薄力粉には薄力粉のおいしさがあるけれど、栄養価の高さで言ったら断トツで後者だ。

耳にする機会があって、どうしても手にしたいとおもったとき、僕がなるべくリイシューではなくオリジナルを求めようとするいちばん大きな理由はここにあります。レコードにかぎらず、古いものを手にするとき、僕らはそこにひっそりとしまわれた幾許かの物語をも、必ず同時に受け継いでいるのだ。そうして今度は僕が、あらたな物語をちょっとずつ付け足していく役目を担うことになる。すくなくとも「詩人の刻印」はそうして受け継いだものから生まれたもののひとつです。

それにしても…ガシャンと鳴り響く余韻たっぷりのざらついたサウンドに、スパンキーの超キュートな声が跳ねてもう…ジャズとソウルの境界線を綱渡りする軽やかなバランス感覚もH. B. Burnamアレンジならではですてき。みずから進んでギャフンと言いたい。

あのね、なんだってそうだけど、可愛くなければ意味なんてないの!

と、アンジェリカなら言うとおもうけど、僕もだいたいそうおもう。

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