2015年7月12日日曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その217

これだけは刈り取る気になれなかったらしい


いつもは当たりさわりのない質問を当たりさわりなくいなして云々と前回申し上げたばかりですが、切実な質問がまたひとつピコンと届いたので、今日も優先してお答えしようとおもいます。


ひょっとこはつらいよさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士が適当につけています)


Q: 私はつね日頃より、今までの恥ずかしい失敗を思い出してそわそわして、何も手につかなくなってしまうことがあります。それも好きな人の前で緊張して話せなかったことや、学生の時にマラソンが遅くて泣いてしまったことなど、取るに足らないことだと自分でも分かっていることばかりなのですがそれでも、思い出すと緊張が走ってしばらく身体がこわばってしまい苦しいです。恥ずかしい過去とうまく付き合う方法があれば教えてください…!


むむ、ご同輩ですね。かく言う僕も人におすそわけしてもまだ余るくらい、会社なら在庫過多でとっくにつぶれているくらい、太宰の「人間失格」で言うと冒頭の一文ではやくも致命傷を負うくらいには恥の多い人生を送ってきたほうなので、それなりにキャリア(と恥)を積んでいると申し上げてよいでしょう。積んだところで本みたいに崩れ落ちるのが関の山だし、実際これまでに何度崩れ落ちたか知れません。僕の場合せめてその下敷きにならないようにと書いたのがつまり「ジャグリング/jugglin'」なわけですが、考えてみたら聴いたところでほぼ放置プレイみたいな話です。気休めにならなかったとしてもムリはない、と今になってしみじみおもいます。まったく面目ありません……積んできた山のうえにまたひとつポイと投げ足しておくのでどうか大目に見てください。

しかしまあ、それはそれとして、もうすこし正面から向き合ってみましょう。

あくまで僕自身の例なので参考になるかどうかわかりませんが、僕は同じ痛みや苦しみをもつじぶんのちいさな分身を心のなかに1人置いています。「なんでいつもこうなっちゃうんだろう」としくしく泣く脆弱な分身です。こんなのが現実にいたらじぶんでもはり倒したくなりそうですが、何しろ分身だけにはり倒しても吹き飛ぶのはじぶんなのであまり意味はありません。そんなことで泣き止むくらいなら初めから泣いたりしないということも、誰よりじぶんがよくわかっています。

一方で、分身との面会が行われるのはつねに自分のほか誰も立ち入ること能わぬ胸中です。僕が何をどうしようと、ここでの秘密は100パーセント確実に守られます。たとえ分身を目いっぱい甘やかしたとしても誰にも咎められることはありません。恥ずかしい過去とうまく付き合う、というのはつまりこの分身とよい関係を築く、ということです。

さて、こうした状況をセッティングしたうえで、しょげ返る分身に僕が何かできることはあるだろうか?

答えはノーです。

甘やかしてみてもいいけれど、甘やかすのが他ならぬじぶんであることを考えるとほとんど何の慰めにもなりません。と言って分身相手の叱咤激励も小芝居じみて効き目がないことはすでにはっきりしています。要は何ひとつ、してやれることがないのです。

しかし何もできないからといって意味がないかというと、そんなことはありません。声に耳をかたむけて、否定せずにただそばにいるだけでも十分に意味はあると僕はおもいます。そこにいることを受け止めて、そこにいてもいいと受け入れること。僕にとってこれは、じぶん以外にも適用できるはずと考える基本姿勢のひとつです。

残念ながら恥ずかしい過去は消え去ることがありません。折にふれては亡霊のように舞い戻ってちくちくと心を苛みます。僕にできるのは、その亡霊に好きなだけちくちくさせておくことだけです。痛いことは痛いし、じっさいいつまでたっても生傷が絶えないかんじだけど、でも大人になるってたぶんこういうことだよな、というのが気づいたら大人になっていた僕の考えです。

これで答えになっていますか?


A: ちいさな分身を心に1人置いて、そこにいてもいいと言ってやりましょう。


ちなみに「ジャグリング」は次回のオントローロで数年ぶりに披露する予定です。「02」の受付は週明け月曜のお昼ごろから!




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その218につづく!


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