2018年1月12日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その286


3年目の受話器さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 当方駆け出しのアクセサリー作家なのですが、スワロフスキービーズを扱うようになる前からかわいらしいスワロフスキのことのほうが親しみ深かったために、ビーズを扱うたびに思い出しています。いろいろなサイズや形のビーズがあるけれどどれに似ているかなと考えたりもします。そこで質問なのですが、スワロフスキがそのすてきな名前になった理由やビーズとの関係はあるのでしょうか?

A. そうですね、スワロフスキがスワロフスキなのは、ちまちましてコロコロしてきらきらな上にスワッとしてロフッとしてスキ!なかんじが、軽さと柔らかさと愛らしさを兼ね備えていたからです。

クリスタルガラスの老舗としてざっくり記憶していましたが、ビーズもあるんですね。ヴェルサイユ宮殿のネックレスみたいなシャンデリアが好きです。


風邪の又三郎さんからの質問です。

Q. 年末の大掃除が毎年とても嫌です。中掃除くらいなら自発的にやれる気もするので大掃除と中掃除の境界を教えてください。

A. とちゅうでマンガを読み始めたりして片付かなくなったらそれが大掃除です。


積み荷バラバラ……という感じさんからの質問です。

Q. 札幌はここ数日で笑うしかないくらい雪が降り積もったのですが、KBDGさんならどんな雪像を作りますか?

A. 重機の使用もふくめて、どこまでデカい雪玉がつくれるのかトライしてみたいですね。


サルバトールだるいさんからの質問です。

Q. 自分は学校関係を営業して回る仕事をしているのですが、その仕事の一つとしてグラウンドの遊具の交換修理などがあります。小林大吾さんは幼い頃、お気に入りの遊具などはございましたでしょうか?自分は滑り台です、滑り台の上から廃タイヤを転がすという、今にしてみたら中々に危険な遊びをしていたなと思います。何がしたかったんだろう……。

A. 僕が通っていた小学校には「ピラミッド」という、巨大な三角柱を寝かせたような切妻型の遊具がありました。何をするかといったら、助走をつけてその斜面を駈け登り、てっぺんをまたぎ、また滑り降りるだけです。滑り台から廃タイヤと本質的にはそんなに変わらない気もしますね。


毛皮を着た米茄子さんからの質問です。

Q. KBDGさんにとって2016年を漢字一文字で表すと何になりますか。

A. 「過」、もしくは「去」ですね。


EUだな(ハハハン)さんからの質問です。

Q. 誕生日にもらって一番嬉しかったものはなんですか?

A. ミス・スパンコールにもらった「手漕ぎボート」のMVです。これはもう、たぶんこの先ずっと変わらないとおもいます。


桶狭間のお茶会さんからの質問です。

Q. アイスには賞味期限がないって言うのは本当なんでしょうか?

A. ロッテのお客様相談室によると本当のようですが、だからといって冷凍庫に入れたまま10年くらい放置したアイスを食べるかといったら、食べないですよね、たぶん。


百人うぃっしゅ!さんからの質問です。

Q. すきなひらがなは何ですか?(わたしはむ、とかぬ、がだいすきです)

A. 僕もぬ、好きです。あとはゐなんかも、煮え切らなくて好きですね。


ラ・ラ・ランボー/怒りのダンスさんからの質問です。

Q. 「めんどくさい」を越えた先に達成感があるらしいというのは知っているのですが、何事も行動に移すまでにかなりの労力を要してしまいます。また、エイヤ!と意を決して行動に移しても、すぐ集中が切れてインターネットサーフィンをしてしまったり…。楽な方に流れず、きちんとすべきことをするにはどうすればいいか教えてください!

A. それができていたら僕もこんなところでこんなことをせずにもうすこしましな大人になっていたでしょう。僕に言えるのはただ、ぼんやりしているとこんなところでこんなことをするほか能のない大人になってしまうよということだけです。


脳天ハンカチ落としさんからの質問です。

Q. 頂き物の洋梨がダメになるタイミングがわかりません…。だいぶ柔らかくなってるんですけど、コレまだ食べれますか?

A. 切ってみましょう。


とりあえずビームさんからの質問です。

Q. 普段、曲を聴いていて、大吾さんのリリックは、整いながらも親しみやすい、綺麗な言葉遣いだなあと思っております。私自身、日本語の懐の深さのようなものが好きなのですが、言葉は良くも悪くも移ろいでしまいます。変化は歓迎すべきですが、その中でも変わらず残しておくべきこともあります。そのあたりの線引きは非常に難しく、気にいる・いらないの個人の視点に左右されがちです。大吾さんの中で、言葉に限らず、何か変化が起こる時、維持すべきもの・変えるものを判断する指標はありますか?

A. 有形と無形を問わず、1000年以上前から「意識的に」維持できているものはおそらくひとつもない、というのが僕の印象です。仮に維持できているように見えたとしても、くりかえし再発見されているにすぎません。よいものは自然とのこって受け継がれます。仮に途切れてもかならず再発見されます。何より僕が今こうして使っている言葉ですら山と積まれた変化の賜物であることを考えると、何であれ「変えずに維持すべき」とはちょっと言いにくいよな、というのが正直なところです。僕自身は変化という変化にものすごく弱いので、何も変わらずにいてくれるとすごくありがたいんですけど。


ローリング蕎麦党さんからの質問です。

Q. わりと同期・同年代の結婚ラッシュが続いた一年でしたが、先人の言葉にあるように「結婚は人生の墓場」とは本当なのでしょうか?

A. 仮にそうだとしても、自ら進んで墓穴をせっせと掘ったのは他ならぬその人自身なので、同情の余地はありません。


ヘリコバクター・ペロリさんからの質問です。

Q. 最近、お店探しに食べログを参考にすることが多いのですが、本当においしいと感じるお店に中々出会うことが出来ません。本当に美味しいお店の探し方をご存じであればご教授ください。

A. 金に糸目をつけないことです。


アジでコイ釣る5秒前さんからの質問です。

Q. 火星にいける権利が手にはいるなら、行きますか?ただし片道で、地球に帰ってこれません。行くとしたら、何を持って旅立ちますか?

A. 僕は寒いのが何より苦手なので、平均気温がマイナス43℃の火星なんかには死んでも行きません。仮に「温かくするから!」と言われても、「何もしないから!」と言ってホテルに誘うようなものなので、1ミリも信用なりません。それでもなお行かなくてはならないとしたら、そうですね、自害用のピストルを持って旅立ちたいとおもいます。




質問は10年たった今でも24時間無責任に受け付けています。

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その287につづく!

2018年1月5日金曜日

妹をほめたら海に突き落とすガッツな姉君に祝福を


日本神話に、磐長姫(イワナガヒメ)と木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)という姉妹がいます。姉の磐長姫は二目と見られぬ醜女です。娶ればその子孫は岩のように長い寿命を授かると言います。いっぽう妹の木花咲耶姫は類稀な美女で、娶ればその子孫は木に咲く満開の花のように繁栄するそうです。

この姉妹は天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫である邇邇芸命(ニニギノミコト)に嫁ぎますが、姉の磐長姫はぶさいくであるという身もふたもない理由から、ひとりだけ返品されてしまいます。すがすがしいほどの鬼畜ですね。その代償として、木花咲耶姫のみを娶った邇邇芸命の子孫はこののち、花のように短い寿命を授かることになります。

不遇きわまりないお姉さんはさておき、その美しさゆえになにごともなく妻となった木花咲耶姫を祀るのが、全国に1,000以上ある「浅間神社」です。

浅間神社は富士山信仰から生まれた神社で、富士山を望むことができる各地に点在していますが、基本的にそのどれもが木花咲耶姫を主祭神として祀っています。なぜなのかはよくわかりませんが、富士山と言えば木花咲耶姫である、とひとまずここではイコールで結んでおきましょう。浅間神社の総本宮とされている富士山本宮浅間大社で祀られているのも、もちろん木花咲耶姫です。他に父である大山祇神(オオヤマヅミノカミ)や夫である邇邇芸命も配神として祀られています。

しかしそうなると気になるのがあの不遇なお姉さんです。主神である木花咲耶姫は当然としても、父や夫を祀るのなら姉の磐長姫だっていっしょに祀ってよさそうなもんですが、そこに彼女はいません。1,000以上ある浅間神社のほとんどすべてで、磐長姫だけがみごとにスルーされています。何かやらかして除外されるならともかく、何ひとつわるいことをしていないのにこの扱いの差はいったい何なのだと、ぶさいくの同類である僕としても憤慨を禁じ得ません。握りこぶしで机を叩いて責任者出てこいと言いたい。

ところがそんな木花咲耶姫びいきの浅間神社にも、例外として、それはもう例外中の例外として、磐長姫を主祭神として祀っているところがあります。僕はその事実を知っただけでも目頭が熱くなりましたが、その例外中の例外のひとつ、個人的には文句なしに五つ星をつけたい最高の浅間神社が、伊豆半島の南西部、烏帽子山にある雲見浅間神社(くもみせんげんじんじゃ)です。













烏帽子山は海底火山だったころの冷え固まったマグマの名残なので、急峻な岩山です。傾斜が45度はある上に一段の幅が十数センチほどで足の半分くらいしか乗らないスリリングすぎる階段と、参道にはとても見えない岩道をがつがつと上っていくと、その頂上に雲見神社の本殿があります。






浅間神社は富士山信仰の神社なので、富士山を目視できる場所に多くあるわけですが、もちろんこの烏帽子山からも晴れた日はきれいな富士山を望むことができます。


が、

ほかの土地とちがってここは主神が磐長姫であり、先にも書いたように美しい妹との確執があるため、ここから眺めた富士山(=木花咲耶姫)を讃えると海に突き落とされるという言い伝えがあるそうです。富士山信仰の神社なのに富士山をほめたら海に突き落とす、そのアンビバレントなふるまいに胸がアツくなります。この話だけでも星4つぶんくらいの価値があるとおもう。

ちなみにどのあたりに突き落とされるかというと、たぶんここです。


それにしても景色がいいだろうとはおもいながら、その想像をかるく飛び越える360度の圧倒的な景観には息を呑むほかありません。来る人を拒むようなハードすぎる参道と、その対価というにはあまりある眺望絶佳、これをツンデレと言わずになんと言いましょう。遠くに望む富士よりも、ここに鎮座する磐長姫をこそ最大の音量で讃えたい。

もちろん何も知らずに訪れてもその甲斐はあるとおもいます。でも磐長姫を知って訪れると、胸を満たす感慨はより忘れがたいものになるはずです。

そして磐長姫と木花咲耶姫が争うなら、僕は迷わず磐長姫の側に立ちます。美しいということの意味を問うて、全力で立ち向かいたい。なんとなれば目立たないし詣でる人も多くはないけれども、それゆえにこそ心にずっと留めておくべきだいじなことを、この神社は教えてくれる気がするのです。三が日で34万人もの参拝客が訪れる浅間大社が、いったい何を教えてくれるっていうんだ?磐長姫を祀った心ある先人にも、満腔の敬意を表したい。

と言って大きくて立派なものにケチをつけるわけでもないけれど、おもえば昔からずっとこっち寄りだった気がするじぶんの立ち位置を伊豆半島の西端であらためてしみじみと確認しつつ、よっこいせと足を踏み出す2018年です。

今年もこの調子でひとつよろしくおねがいします。

松崎の河口でみかけたカワセミ